「「納品」をなくせばうまくいく」はアジャイルを生かした顧客志向のビジネスモデルの解説書
ソニックガーデンの倉貫さんに、「「納品」をなくせばうまくいく」を献本頂いた。
その感想をつらつらと書いてみます。
ちなみに、倉貫さんとの出会いは2003年のオブジェクト倶楽部のイベントの時が最初だったと思う。その後、XPJUG(日本XPユーザー会)のスタッフにも参加してくれて、自分が東京を離れるまで一緒にイベントを何度も開催した仲だ。昨年は松山にも遊びに来てくれた。
「納品のない受託開発」というビジネスモデルと取り巻く技術や哲学
この本は、「納品のない受託開発」という新しいビジネスモデルやその対象顧客セグメント、ビジネスモデルの実現方法としてのアジャイル開発、顧客の事例、組織文化論、エンジニア論、そしてソニックガーデンの経営哲学という構成になっている。
10年以上アジャイル開発を取り組んでいく中で、アジャイルが掲げていた理想とぶつかってきた課題を、新たなビジネスモデルの構築によって乗り越え、現在進行型で成果を出し続けているその秘訣が書かれているのが本書だ。
アジャイル開発に明るい人にとっては、どうやって受託開発の中で生かしていくかのビジネスモデルのヒントがたくさん詰まっている。
アジャイル開発に明るくない人にとっては、どうやったら「納品のない受託開発」を実現できるか、そのためにアジャイル開発がどう効いてくるのかがわかるだろう。
顧客セグメントが明確になっていることが重要
「納品のない受託開発」がビジネスモデルとして重要であり個人的に素晴らしいと感じているのは、顧客セグメントが明確になっている点、つまり新規事業を起こしたいが信頼できる開発者が身近にいないという人々をターゲットにするという点だ。
逆に言うと、対象顧客や課題が変わると、このモデルはうまくいかないかもしれない。大規模開発ではそもそも現実的でないかもしれない。しかし、ビジネスモデルとしては対象顧客が変われば、ソリューションも変わるので、それでいいのだ。
アジャイルは価値提案ではなくソリューションである
ビジネスモデルの紹介の後に、進め方の解説も含まれている。そこに書かれている内容は、ほぼアジャイル開発で行われている内容だ。
「なぜ」を問いかけ、1チームでゴールを目指し、反復漸進的プロセスで成長させていく。
アジャイル開発が、「納品のない受託開発」実現の重要な手段になっていることがよくわかる。
容易に真似できない組織・エンジニア文化づくり
単純な納品をなくした受託開発ならば、顧客が見つかればすぐにでも初められるかもしれない。しかし容易に真似できないのは、継続的に自分や環境を改善させていくアジリティの高いエンジニアの育成や組織文化づくりだ。
特に、アジャイルに明るくない既存の企業が納品のない受託開発を実現していく上で一番大変なのは、組織と個人の考え方の変化やエンジニアとしてスキルアップかもしれない。特にスキルアップは一定の時間がかかるので、組織のスキルアップを促す仕組みづくりのような、中長期的視点で考えていかないといけない。
だからこそギルドのモデルが重要になってくるのだろうか。
ビジネスモデルの弱点は目利き?
ひとつ、今の「納品のない受託開発」のウィークポイントを上げるとすると、「一緒にやっていける」と思えるビジネスモデルの目利きではないかと感じている(以前、倉貫さんにも伝えたことがある)。
顧問プログラマとして関わる人間が、「そのビジネスモデルに共感できるか」、「そのビジネスモデルは取り組む価値があるかどうか」、「ビジネスモデルが持続できるものかどうか」を冷静に判断できる必要がある。
このあたりは、ソニックガーデンのギルドの中で伝えられていく知識なのかもしれないが、そこができないと、継続的なビジネスに巡りあうのは難しいかもしれない。
「ベストエフォート経営モデル」が重要
個人的に重要なのは、実はベストエフォート経営モデルにあると感じている。
急成長を目指さない、規模拡大を目指さない、小さくても、価値観の合う仲間と、充実した仕事をしながら、幸せに生きていく。
昨年、松山に倉貫さんを呼んだのも、東京でこういった話をしていたからだった。
人口減少に伴う経済の縮小、首都圏への一極集中の加速。これまでの日本が経験してきた「成長幻想」とは違う未来を生きる上では成長や拡大を無理に目指さない、個人の幸せを大事にするという姿勢は一層重要となるだろう。
3年前の約束
2011年のデブサミ2011のパーティーで、自分と、倉貫さんと、アッズーリの濱さんと、三人で話していたことがある。
それぞれが若い頃はプログラミングが好きで、その中でアジャイル・XPに出会い、単なるプログラマーとは違う道を歩み初めていた。それぞれが40歳という一つの節目を越えていくにあたって「プログラマーが人生を歩んでいく中でこういう道もあるんだな」というものを見せたいよね、という話をしていた。
倉貫さんは、ソニックガーデンで顧客とエンジニアのための会社を経営し本書を出版することでそれを実現した。濱さんもコンサルタントとして活躍されているようだ。
…さて、後は、自分がどうするかだなぁ。