ぼくのかんがえたさいきょうのまつやま


はじめに

この記事は「愛媛・松山についての徒然 Advent Calendar 2015 - Adventar」の24日目の記事です。前日の記事は「松山から他県への移動交通手段の時間・料金・気づいたことなどをまとめてみた。」でした。次の日の記事の担当は、松山の夜の帝王ことokiyasuさんです。

完全にタイトル負けしてしまい「なんてタイトルにしちゃったんだ」と後悔しました。

最初は、自分の考える「こんなまちになったらいいな」という妄想を書こうとしていたのですが、自分の「こうなったらいいなぁ」の具体例を羅列するのではなく、一歩引いて何を大事にしたいのかを徒然と書いてみました。

ポートランドに注目した理由

私が松山のモデルとして1年以上前から注目しているのが、アメリカのオレゴン州にあるポートランドです。勢い余って一年前にはこんなイベントも開催していました(人が全然集まらなかったですが…)。

「全米一住みたい街ポートランドに学ぶ、創造・快適・環境先進都市の作り方」イベント開催

ポートランドを学ぶ第一回を開催しました 10月22日に全米一住みたい街ポートランドに学ぶ、創造・快適・環境先進都市の作り方という勉強会を開催しました。 その時の資料をアップロードしました。解説がないと分かりづらい部分もあると思いますが、その点はご了承ください。 動機...

myjprojects.org

松山と同じくらいの人口規模で、創造的&DIYな文化があり、住みやすく、環境意識が高く、都市と自然が共生し、個性的な小規模店舗が多くあり、住民が当事者意識を持ち、等身大・身の丈にあった暮らしができ、移住希望者が殺到している、そんな所にです。

最近の話題になったポートランド関連の記事では、職・住・遊の近接なんていうキーワードも出ています。

職・住・遊が近接するポートランド。アンチ効率主義が生むカルチャーの魅力とは。 - Share! Share! Share! | シェアリングエコノミーから始まるライフスタイル提案メディア

ポートランドの自転車通勤はなぜ多いのか?ある日実家に帰ると、ショッピングセンターや高層マンションが建ち並び、駐車場が増えていたということはありませんか?経済成長を優先すると、商店街や自然が減っていき大...

share.jp

とは言え、実際にポートランドを訪れたことはまだなく、書籍、雑誌、徳島大学で行われたポートランド大学の教授の講演イベントに参加した程度なので、直感的によさそうとは感じていますが、どの程度この「よさそう」という感覚が正しいのかはまだわかりません。

「徳島県」と「ポートランド」の意外な関係。

NY TIMESが選ぶ「2015年に行くべき52箇所」。その中に今年四国が入りました。   そんな四…

beinspiredglobal.com

また「松山がポートランドをそっくりそのまま真似した街になるのがよい」というのではなく、ポートランドを見習う点が多々あるとしても、松山の独自のよさを活かし、松山や日本が置かれている文脈を考慮しながら、ポートランドのようなプロセス、ビジョンづくりを経て、松山なりの「ありたい姿」を描き実現していくことで、より魅力的なまちになるんじゃないかなと感じています。

小さく産んで大きく育てるアジャイル

私の本職であるIT業界では、アジャイルと呼ばれる、ITシステムや製品の作り方がここ10年くらい世界中で注目を浴びています。これは一言で言うと、小さく産んで、大きく育てるという進め方です。

最初から最終形をイメージし、全体像を設計し、いきなり最終形を実現しようとするのではなく、最終形で実現したい価値・目的は明確にしつつも、目の前の最も大事なことに着目して小さな単位で実現していき、その積み重ねによっておおきな全体に成長させます。

わかりやすい例で言うと、人が花を育てるのに、茎、葉、花びら、花粉をバラバラに用意して、組み合わせることはしません。やることは土を準備し、種を巻き、水をやり、花が咲くまで手入れすることだけです。

なぜ最初から「大きな全体を設計しないのか」というと、最初の時点で見えたと勘違いしている最終形は、最終的には幻に過ぎないからです。最初の時点で最終形だと思っていたものを実現してしまった後に「やっぱり欲しいのはこれではない」となってしまうと、そこまでにかけたコストがムダになってしまいます。

そうならないために、当初の目的・ビジョンは明確にしつつも、少しづつ実現していく中で欲しかったものはこれでよいか?次に欲しいもの・変えるべきものは何か?という小さな繰り返しを積み重ねていきながら、より大きな全体へと成長させていきます。

「小さく産んで大きく育てる」ために重要なのは、全体の詳細ではなく、ありたい未来のイメージと、未来を実現していくための種となる最初にまず実現すべき具体的な部分次に付け足して実現したい具体的な部分です。

種となるべき部分ができると、水をやって種が発芽するように、その種に対して次に実現したいことを付け足していきます。その繰り返しの中で、種は少しづつ成長し葉を茂らせて花を開かせるのです。

大事なのは、種となるものをどう創り、育てていくのかという点にあります。

自分の力、自分の周りから、一歩づつ

今日、こんな記事がgreenzで公開されました。

暮らしも、道具も、食べ物も。増村江利子さんの“つくる側”に回る暮らしと、まちはつくらない、まちづくり | greenz.jp

どこに住み、どんな暮らしをつくるのか。本当に必要なものは何か。「暮らしのものさし」は、株式会社SuMiKaと共同で、自分らしい住まいや好きな暮らし方を見つけるためのヒントを提供するインタビュー企画です。

greenz.jp

私はここで増村さんが言うことに、とても共感しました。

私には、まちという大きなことを軽々しくは語れません。まちづくりなんて、私には大きすぎる。大きな方向性をつくるよりも、そこに暮らす人として自分にできることをやりたい。

いくら壮大なビジョンを掲げても、結局は小さなことをやり遂げ、その積みあげの結果でしかありません

個人であれば、周囲の人との関係性を変えたり、自分の周囲に働きかける繰り返しによって、自分が当事者となり、少しづつ周囲を良くしていきます。個人が「まちを語る」のは、大きすぎて具体性に乏しくなりがちです。

個人の「こうしたい・こうなったらいい」、「この課題をなんとかしたい」という想い・その実現が、種となって少しづつの成長を遂げていきます。

パターン・ランゲージによるビジョンづくりと実現のプロセス

私がここ数年学んでいるパタン・ランゲージという手法では、建築やまちづくりのビジョンを、複数の当事者の深い感情から湧き上がる言葉やイメージとして表現し(=パタン・ランゲージ)、それらが混在したプロジェクトを創って実現していくことで(=プロジェクトランゲージ)、私のありたい姿、あなたのありたい姿から、我々のありたい姿(ビジョン)にへと変容させていきます。

外部の第三者が作った指針、行政が提示するありきたりな言葉ではありません。あくまでも住人自身が望む「こうだったらいいな」を内面から湧き上がる言葉で表現し、それらを少しづつ実現していくのです。

しかもそれらは、できるだけ具体的な言葉、イメージ可能なレベルにする必要があります。具体的であればあるほど、他の人が理解しやすく、共感しやすくなるからです。

個人のありたい未来が、皆のありたい未来に変わる時

「ぼくのかんがえたさいきょうのまつやま」は、そういった当事者意識を持ち活動をする人たちがつながることで、松山のよさを活かし、松山の文脈に適した、それぞれの個人のありたい未来が交じり合い、化学反応を起こし、新たなわたしたちのありたい未来が新しく生まれ、それらが少しずつ実現されていくプロセスの結果として現れてくると考えます。

なので、最初に来るのは、まちづくりマスタープランではなく、個人の想いと具体的な行動です。 具体的な行動のかたちが事業なのかボランティアなのかの違いはありますが、想いのある個人とその行動から生まれるのは間違いありません。

もちろん、個々人が勝手に好きなことをしているだけで、交じり合いが生まれ、新たな未来が都合よく生まれるかどうかは別問題です。そういった場作り・きっかけづくりは意図的にデザインする必要があるでしょう。 更に言うと、そういった交じり合いの結果、想定外の素晴らしい物が、ポンポン創発されるかどうかも保証はありません。

しかしだから面白いのです

個人の意図を越え、想いもよらない、素晴らしい現実が生まれてくるのが本当の創発です。当初描いたシナリオ通りに物事が進んでいくのならば、それはむしろ失敗なのかもしれません。

一人一人が目の前の一歩一歩を大事にして行動を積み重ねて、いろいろな人と繋がっていき、それぞれの想いを重ねていくことで、いつのまにか思いもよらない「さいきょうのまつやま」が目の前に現れるのではないか、と想いにふけるクリスマスイブの夜でした。

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